10 December

人生はさ、悲観してもダメだし、喜び過ぎてもダメなんだ

ぼくみたいなポンコツ人生でも学んだ真理とも言うべき事がある。人生は“淡々と”生きていくのが一番良い。

悲観のし過ぎ、喜び過ぎはストレスのもと

悲観が良くないのは誰でも分かると思う。ネガティブな感情は無い方が良いよね。ただ、それと同時に、「喜び過ぎ」も害があるんだと学んだわ。

喜ぶことは良い事なんだよ。
だけど、喜び過ぎるというか、過剰に喜ぶというか、そういうのが心のストレスになる。
何事も“過ぎたるは毒”。


時々いるだろ。どう見ても不幸オーラ全開なのに「嬉しい!幸せ!」って大声で言ってる人。全然幸せそうじゃないよな。むしろ、若干ヒステリックな気配すらある

そういう人って同人音楽界隈の弱小~中堅サークルに多くいそうだけど、あんまり詳しく書くとまた怒られるから詳しくは割愛。
 
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過剰に喜ぶのは、動機が不純

そもそも、どうしてそんな過剰に喜んでしまうのかっていうと、これも一種の現実逃避なんだよ。一つの嬉しい事を、永続させたいという怠惰な願い。

逆をいえば、今起きた喜びが終わってしまったら、次はいつ喜びを感じれるか分からない…という悲観的な潜在意識。

おかしいんですよ。将来を悲観してしまうがゆえに喜ぶ。人間の闇ですよ。

基本的に、感謝の心を持ってる人って、あまり悪いことにならないんですよ。でも、過剰に喜ぶ人は、一件感謝しているように見えて、もの凄く利己的な動機から喜んでるんです。

ちょっと成功してから、急に活動が止まる人っていますよね。まぁこういう理由も絡んでるんじゃないかと、ぼくは考えてます。

 

つまりは、“淡々と”が一番良いのでは

人生が上手くいってる人って、テンションの乱高下が無いんですよ。僕が出会ってきた人たちは100%そうです。成功している側の人、信頼されている人、人望のある人たちは、必ずテンションが一定で、あまり大きく振り切りらない。

逆に、アニメキャラクターのように1分ごとにテンションが変わるような人、極端に暗い人、極端に明るい人は、なんかイメージが悪い。さっきも書いたけど、ヒステリックを起こしているように見える。それが面白かったりもするんだけど、どこか道化師っぽい面白さで、幸せな人の振る舞いとは感じられないんだよなぁ。

ここら辺は“感覚”の域を越えないんで、異論もあるのは承知の上。なんだけど、割と合っている自負はあります。

表現としては難しいんだけど、「情熱的に淡々と」みたいな感じが一番いいのではないかと。今はまだ上手く書けないッスね。
 
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