CrimsonBoots Online

バンドマンにも作曲家にもなり損ねた34歳フリーターおじさんのブログだよ

【1/2】映画「セッション」から分かるバンドや音楽アーティストの成功方法まとめ【ネタバレ注意】
 
今更ながら映画「セッション」を見たのだが、想像していたよりも全然すごい作品だった。音楽とはなにか。音楽を奏でるとはなにか。音楽で稼ぐとはどういうことか……。さまざまなメッセージが込められているこの作品から、ぼくなりに感じたことまとめていく。
 
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ネタバレあり

この記事は、完全にネタバレありきで書いている。映画をまだ見ていない人は、まずは一度映画を見ることをオススメする。その方が記事内容を理解できるだろうし、なにより「セッション」は素晴らしい作品だ。音楽を志している人が見て損はない。

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音楽とはストイックなもの

冒頭でまず印象的なのが、音楽講師であるフレッチャーの狂気。一流の音楽学校のプライドがるのは分かるが、大声で暴言は吐くし、少しでも間違った生徒は即クビにするし、下手なやつにビンタしたり椅子を投げつけることもある。控えめに言って彼は狂っている。しかし、だからこそコンテストでは1位を取れる。他の関係者からの信頼も厚い。

主人公のニーマンは、とにかく優秀なドラマーになりたくて血の滲む努力をする。とある難解なフレーズを叩けないことを厳しく罵られてから、手の皮がむけてもドラム練習を続け、氷水に傷だらけの手を突っ込んで感覚を麻痺させた。ドラムセットは血だらけになっていたが、それでも彼は練習を辞めなかった。それどころか、ニーマンは日を追うごとにドラムのことばかり考えるようになった。


このシーンを見て、音楽とは本来ストイックなものだと言うことを思いだした。今も昔も音楽で稼ぎたい人たちはとても多い。そんな競争率の高い激戦区で、なぜダラけていられるだろうか。実際、売れていく人たちを見ていると、笑っていながらも音楽に対してはストイックだ。

逆に売れない人たちを見ていると、なんとも暇そうだ。働くことが悪いわけではないが、本当に音楽を目指している人が週5でキッチリ出社して残業もこなし、夜の1~2時間をギター練習に費やしている様を見ると、まるで高校生の趣味バンドのようである。サラリーマンとしては優秀かもしれないが、音楽を目指す人のやることではない。


ギタリストであるミック・トムソンの有名な名言『部屋で8時間は練習しろ。友達をなくすまで出かけるな。酒は有名になってからだ』からも、音楽で稼ぎたい人がストイックになるべきとうことは明白。


今でこそ超有名バンドになったUVERWorldだが、彼らは下積み時代から今にかけて、非常にストイックな生き方をしている。売れない頃は精力的にライブすることは勿論、大御所エンジニアのところへ押しかけ交渉して仕事してもらったり、金が足りないからと言って全員で必死にバイトしたり。ボーカルのTAKUYA∞氏は今でも10kmマラソンを毎日欠かさず走って体を作っているのだとか。

UVERWorldのライブを見てみると分かるが、TAKUYA∞氏のステージパフォーマンスはまるで野生児。無重力なのかと思ってしまうほど飛び跳ねるし、喉が潰れるんじゃないかと心配になるほど叫びまくる。それもこれも、日々ストイックに鍛錬し続けた賜物だろう。


ストイックな音楽家といえばEXILEもそうだ。彼らのTV特番を見たことがあるが、トレーニングはまるで軍隊のようだった。体脂肪率は常に一桁をキープするとか、刑務所にも似た徹底的な食事管理があったりとか、色々な努力があった。それまではチャラチャラした人たちだと思っていたが、あんな過酷な生活をしていたのかと知った時から尊敬に変わった。その努力があってこその、あのキレッキレのステージが出来上がるのだ。


その他にも、音楽とストイックさに関する逸話は色々ある。GACKT氏はあの美貌を保つために相当シビアな食事管理をしていることで有名。コンクールで金賞を連続受賞できるような中学校・高校の吹奏楽部の練習は体育会系のようだ。

音楽を極めると言うことは、自分にストイックになると言うことだ。

 

有能な音楽家は頭がおかしい

映画に出てくる鬼音楽講師フレッチャーは、たしかに頭がおかしい。たぶん心の病院にいったら診断書をもらえるだろう。しかし、それと同時に彼は優秀な音楽家だ。音楽を突き詰め、最高の音楽を表現するために、生徒たちの可能性を極限まで引き延ばしたいと考えている。だからこそ、常識的にはあり得ない行為を犯してまでも昇華しようとする。

音楽アーティストたちの奇行は多くある。例えばX-JAPANのドラマーであるYOSHIKI氏。彼を大好きな友人の話によると、YOSHIKI氏は作曲に楽器は使わず、ピアノの鍵盤を見つめたりして楽譜に手書きしていくそうだ。普通に考えれば鍵盤の一つでも鳴らした方が仕事が早そうだが、彼はずっと楽譜に書いて曲を作るらしいのだ。

SEKAI NO OWARIのFukase氏は自転車に乗りながら作詞をするし、モーツァルトは下ネタを言いふらしながら猫の真似をして騒ぎ立てたと聞く。久石譲氏は淡々としたルーティン生活をしながらも、曲製作時には別荘にこもって夜型の生活を送ったりする。

有能な音楽家と言うのは、平凡に生きている人から見れば異常に見える。しかし、そういった“頭がおかしい人”から名曲が生まれている。音楽家になるような人は「変わり者」くらいが丁度いい。
 
 

音楽の表現には激しい感情が必要

この映画の中では、何人もの生徒たちがフレッチャーからの暴言を浴びている。ある人は泣き出してチームを去り、ある人は医大に転校したりした。しかし主人公のニーマンは違った。彼もはじめこそ泣き出してしまったものの、そこから変わっていった。日々の悔しさをバネに狂ったよにドラム練習をしている彼は、まるで親や恋人を殺されて敵討ちにでもいくかのようだ。

彼は事故により、とあるコンテストでドラムが叩けず降板させられたが、それに激怒してフレッチャーに殴りかかり、放送コードに引っかかりまくるような暴言を吐きながらステージを去った。映画冒頭では優しそうな青年が、まるで戦争中の兵士のようになっていった。

そういった経緯があって、ラストの感動的な演奏へ繋がっていく。この映画のラスト9分のドラム・セッションはが素晴らしいのは、演奏テクニックが上手いからだけじゃない。これくらいのテクニックをもったドラマーは現実に何人もいる。しかし、ニーマンの最期の演奏は、彼自身の復習であり、魂の昇華でもあった


何が言いたいかというと、ラストの感動的なドラム演奏を成し得たのは、ニーマンに激しい感情の動きがあったからである。もしも彼が恋人を見つけ、順風満帆に結婚して幸せになって行ったら、あのセッションは生まれなかった。騙され続け、避難され続け、誰にも理解されずに孤独で戦うしかなかった彼だからこそ、最後の壮大があった。

心に響く音楽を奏でるには、激しい心の動きが必要だ。それはネガティブでもポジティブでもいい。平坦な日々を生きる人が、どうして演奏に魂を込められるだろうか。無気力な人が、どうやって激情をメロディにのせるのか。感動しない音楽には、なんの価値もないだろう。

音楽家は、常に感動を心に秘めていなければならない。


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この記事を書いた人:松下健一(@Crimson_boots)
 
 
 
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