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「アイドル進化論」の名言をまとめてみた

アイドル進化論 南沙織から初音ミク、AKB48まで(双書Zero)
 
太田省一さんの著書「アイドル進化論」を読んでみて、興味深かった名言をまとめてみた。
 
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名言ピックアップ

 
【p.22】
努力は、無償のものであればあるほど、いっそう価値あるものになる。そのとき、未熟さは純粋さへと昇華するのである。

しかしながら、そこには大きな逆説が存在している。アイドルが自らの未熟さを自覚し、努力を重ねた末にそれを克服して成果を収めたとき、純粋さは失われてしまう。つまり、アイドルではなくなるのである。
 
 
 
【p.45】
そもそも批評への欲求が駆り立てられるのは、アイドルへの愛着の気持ちがあるからであり、容姿や歌などあらゆる細部に目を配る批評的な視線は、愛着をより深めるきっかけを増すことにもなるのである。
 
 
 
【p.118】
人より早く大人になろうとすれば、それはどこかで必ず挫折する。しかし、そのことによって、それまで隠されていた純粋さが、より鮮やかにあらわになるのである。そして純粋さとは、太田幸司のところでも述べたように、アイドルの魅力のエッセンスにほかならない。
 
 
 
【p.131】
無防備であることは、アイドルに対する批評的な視線と愛着の視線を同時に満足させてくれる。
 
 
 
【p.142】
本物の素人によるこうした集団アイドルの段階になると、その歌は付属物である以上に、アイドルという肩書きを得るためのアリバイのようなものになっていく。

そのようにして歌の存在感がますます失われていくなかで、その薄っぺらさを逆用する動きも生まれてくる。つまり、アイドルにとって歌のもつ意味はその程度のものだが、だからこそ思い切って遊べるのだ、というわけである。
 
 
 
【p.154】
結局、バラドルとは、アイドル歌手の自己パロディである。ものまねと汚れ役という二つの手段は、アイドル歌手における楽曲と身体という二つの側面とそれぞれ対応しているだろう。アイドル歌手にとってそれは、延命策のひとつとなっている。批評的なまなざしによって自らを相対化することで、アイドル歌手として生きながらえる可能性が、バラエティという新たな領土に切り拓かれるからである。
 
 
 
【p.192】
テレビのように不特定多数の視聴者からどう見られるかを想定する必要のないライブ空間は、アイドルと熱心なファンとの関係の純度をさらに高くしたものになる。一種の自己完結した空間になるのである。
 
 
 
【p.200】
声優アイドルの若さは、物理的な時間の流れとは直接かんけいないものであり、だからこそ松田聖子のような、年齢を重ねていっても<若さ>を保ち続けるにはどうしたらいいか、という視点がそこに入り込むこともない。

別の角度から言えば、松田と声優アイドルでは<若さ>の根拠が異なるのである。松田が<若さ>の根拠を楽曲に置いたのに対し、声優アイドルの場合、それは自分の声を通じてアニメキャラと一体化した身体の方にある。
 
 
 
【p.210】
つんく♂自身は、モー娘。がアイドルであることを否定する。なぜなら、アイドルというのは、「基本的には“失敗”している人たちがほどんど」だからであり、アイドルファンは、「どこかその“失敗”を楽しむ」人々だからである。

たしかにアイドルファンにとって、アイドルの“失敗”は楽しみの一つである。アイドルが成功することも重要だが、むしろ、そこに至るまでの「過程」において、アイドルを応援し、分析することのほうがプライオリティが高い。その意味で、“失敗”もまた楽しみなのである。
 
 
 
【p.236】
ファンにとって生身のアイドルは操作不能である。そういうアイドルに対して、ファンが批評的な視線をもち続けるためには、そのアイドルがメジャーにならない事が肝心である。

なぜなら、メジャーになるということは、不特定多数の人に支持されるということだから。逆にいうと、そのライブアイドルがインディーズにとどまっている限り、熱心なファンにとってそれは安心できる存在である。

しかし、そのアイドルがもし、メジャーな人気を得るようになったなら、そのファンは別の、まだ成長途上にあるようなアイドルを探すことになるだろう。
 
 
 
【p.268】
初音ミクの公式サイトには、長いツインテールの髪にミニスカートと二―ハイソックスといういでたちで、全体としては近未来風な彼女の画像がアップされている。

プロフィルには「年齢16歳、身長158cm・体重42kg」とある。生みの親である佐々木渉によれば初音ミクとは、「生身の人間だから持っている良さ、逆にいえば、生身の人間が持たざるを得ない良さを全部排除した存在」である。
 
 
 
【p.285】
混沌とは、完成以前であるという意味で、「未熟さ」のひとつのあり方である。それでいうならアイドル文化も、一つの混沌である。
 
 

読んだ感想

やや読み難さはあるものの、アイドルの歴史や構造に斬りこんだ内容は中々おもしろい。70年代のアイドルから初音ミク、AKB48まで取り上げており、アイドルがどのように変化していったのか、そのファンはどう変わっていったのか…という事をうかがい知ることができる。

最終的には『混沌』で締めくくられており、スッキリした結論は得られないのだが、着目点が面白いので一回くらい読んでみるのはアリ。納得できる部分は多い。

購入用のリンク貼っておきます。
アイドル進化論 南沙織から初音ミク、AKB48まで
 
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